琵琶湖大橋の西詰にひっそりと建つ野神神社では、秋に「きちがい祭り」とも呼ばれる例大祭が行われています。
この野神神社の境内には、新田義貞の妻、匂当内侍を祀る塚があります。今堅田に残る言い伝えによると、南北朝時代の武将新田義貞は、足利尊氏と戦って破れ、妻の匂当内侍を堅田に残し越前へと落ち、越前藤島で戦死ました。この知らせを聞いた匂当内侍は悲しみのあまり、近くの琵琶湖琴ケ浜で入水自殺してしまいます。 村人たちは内侍を哀れんで塚をつくり、その死から150年後には社殿を建てて祀りました。内侍が入水したという旧暦9月9日に近い日に祭礼が行われています。
行事では、お供え物をのせた御膳を放り投げたり、松明を持って「じょうもん(城門)や!火事やー!火事やー!」と叫んだりします。これは内侍が狂乱した様子を再現したものとされ、「きちがい祭り」とも呼ばれるゆえんです。
この神事は、内侍の亡骸を葬った人たちの子孫とされる十六軒の野上講の講員たちで行われていました。講員が減って継続が難しくなってきたため、近くの池田神社の氏子さんと協力し一緒に執り行われるようになりました。野神さんと内侍の説話があいまったこの行事は、これからも内侍を慕う地域の人たちによって大切に受け継がれていくことでしょう。
















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今堅田の野神祭り

今堅田の野神祭り

今堅田の野神祭り

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今堅田の野神祭り

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